MAKER:EBBRO
MODEL No.:529
SIRIAL No.:one of 3,000pcs
DRIVER:M. HASEMI K. HOSHINO、T. SUZUKI、(A. OLOFSSON)
フランスのル・マン、ベルギーのスパ・フランコルシャンと並んで、世界3大24時間レースに数えられるデイトナ。デイトナと言われると、いわゆるストックカーレースによるオーバルレースを思い浮かべる方も多いと思います。トム・クルーズの映画、デイズ・オブ・サンダーみたいに。ですが、ここで言うデイトナは、スポーツカーによる24時間耐久レースです。レギュレーション云々を抜きにすれば、ル・マンと同じ様なマシンが走るもんだと思ってくれれば手っ取り早いです。今回は、'66年から開催されているこの祭典を制した日産のマシン紹介します。
グループCカーの最盛期である80年代、日産はR89C等のグループCカーにより国内の耐久レースやWEC、あるいはル・マンに参戦しており、'90年のル・マンでは、優勝候補に挙げられていながら、ジャガーとの死闘の末、5位に終わるという残念な結果となってしまいました。翌'91年、日産は舞台をル・マンからデイトナに移す事に決めますが、折しも湾岸戦争が勃発し、この年の参戦は見合わせとなりました。
'92年、日産はそれまでのローラやマーチのシャシーを使っていたグループCカーではなく、完全にオリジナルなマシン、R91CPを引っ提げて、デイトナ24時間耐久レースにエントリーします。特徴的なブレーキ冷却用のインダクション・ボックスが設けられたこのマシンに搭載されるエンジンは、680PS以上を誇る、3.5リッターのツインターボ、VRH35Z。ドライバーは長谷見、星野、鈴木の日本人トリオに加えて、サブドライバーとしてオロフソンを起用。しかし、オロフソンは予選、決勝を通して一度もマシンに乗る事はありませんでした。他のチームが4〜5名のドライバー体制で望むこの過酷な耐久レースに、日産は3名の日本人ドライバーだけで望み、日本車として初のデイトナ総合優勝を成し遂げました。
左のモデルはエブロから発売された待望の日産グループCカーです。少し前に、ストリームライン名義でQ-MODELからR89Cが発売されていますが、やはりエブロの方が完成度が高いです。ただ、写真ではとても良い色に見えますが、モデルの青色が実車よりも濃すぎるのです。エブロのモデルは、カルソニック・ブルーの発色も変だし、どうも青色が苦手な様ですね。青色だけならQ-MODELの方が発色が良いです。
その他は文句の付けようがありません。この勢いで、残りのグループCカーも作成して下さい(祈)。