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'93 Jaguar XJ220C #50

MAKER:Spark model
MODEL No.:S0761
SIRIAL No.:
DRIVER:D. Brabjam、J. Nielsen、D. Coulthard

 ジャガーという会社の歴史の早期から、その従業員の間で非公式に組織されていた「The Saturday Club」。その呼び名からも想像できる通り、勤務時間外に活動していたこのクラブでは、さまざまなジャガー非公式のアイデアが検証されていました。
 '84年のクリスマス、ジャガーのチーフ・エンジニアであるジム・ランドルは、ポルシェ959やフェラーリF40に対抗しうるマシンの開発を画策し、このクラブに加入します。ジム・ランドルは、'60年代、Dタイプに代わるレーシングカーとして開発され、ジャガー初のV12エンジンを搭載した幻のミッドシップ2シーター「XJ13」を、現代のテクノロジーで再現する事を計画。マシンは、アルミハニカムをアルミ板で挟み込んで作ったモノコックのシャシーに、排気量6,222cc、最高出力500PSを超えるV12エンジンをミッドに搭載。そのパワーを的確に路面に伝える為、駆動方式は4輪駆動とされ、前輪はV12エンジンのバンクの間にプロペラシャフトを通して駆動するシステムが考えられました。そしてエクステリアは、ジャガーの社内デザイナー、キース・ヘルフェットによって、XJ13をモチーフにした流麗なデザインが与えられました。
 当初水面下で進められたこのプロジェクトでしたが、そのコンセプトに感銘を受けたジャガー本社が、Goサインを発令した事により、正式なプロジェクトとして始動。最高速度220マイル(352km/h)を目指すマシンとして、「XJ220」と名付けられ、'88年のバーミンガム・モーターショーで、コンセプトマシンとして発表されました。
 折しも世界中が好景気に浮かれていた'80年代末期の事。XJ220は大絶賛で受け入れられ、ジャガーには市販化の声が殺到。これを受けジャガーは'89年9月に市販化を発表します。しかし、ジャガーにはこの手のスーパーカーを本格的に開発するノウハウが無かった為、Gr.Cレースへの参戦で協力関係にあったトム・ウォーキンショー率いるTWRと共同開発を行う事になり、2社の共同出資でジャガー・スポーツが設立されました。
 開発に先立ち、TWRがXJ220について検証した結果、V12エンジンと4輪駆動システムが重量増を招き、マシンの運動性能をスポイルする事が判明した為、4輪駆動システムは廃止され、一派的な後輪駆動になりました。また、大きく重いV12エンジンの代わりとして、Gr.Cカー、XJR11用の3,498cc、V6、DOHCツインターボエンジンを、最高出力542PS/7,000rpm、最大トルク65.4kgm/4,500rpmにデチューンして搭載されました(このエンジンは、元々Gr.Bラリーの消滅により大量に余っていたMGメトロ6R4用のローバー製3リッター、V6エンジンをベースに、ボアとストロークを拡大してツインターボ化したもの。IMSA GTPマシンであるXJR10も同型エンジンを搭載していますが、アチラはIMSA規定により2,991ccです)。
 こうして開発されたXJ220は、当初の目論見であった220マイルには届きませんでしたが、当時最速の347kmをマーク。その名にちなんで220台限定で販売されましたが、世界的な好景気により予約が殺到した為、限定台数を350台にまでアップ。ところが、その後バブルが弾けた事により、販売台数の見直しが図られ、結局281台が生産されました。
 さて、このXJ220はレース仕様の「XJ220C」も開発され、'93年のル・マンには、3台のマシンがTWRの手によりGTクラス(カテゴリー4)に出場しました。
しかし、5月に行われた予備予選ではポルシェ911Sよりも20秒も遅かったにも拘らず、1ヶ月後には911Sと同等の速さを手に入れていた事から、オフィシャルに目をつけられ、車検時にエキゾーストの触媒が競技用に交換されているのが発見されていました。その可否についてIMSAのオフィシャル内で結論が出せず、またトム・ウォーキンショーが直訴した事により、XJ220Cは取り敢えずレースに出場することができ、D. ブラバム、J. ニールセン、D. クルサード等の手に委ねられた50号車が、ポルシェ911S(46号車)のリタイアにも助けられ、クラス優勝を成し遂げました。しかし、結局レース終了から1ヶ月経過した後、XJ220Cのレギュレーション違反が確定した事により、クラス優勝は47号車のポルシェ911カレラRSRの手に渡りました。実はこの47号車と、同クラス2位の78号車は共にラルブル・コンペティションのマシンなんですが、これがラルブル・コンペティションのレースキャリアのスタートだったりします。ま、別の話ですが。
 左のモデルは、'93年のル・マンにエントリーし、クラス優勝を剥奪されたジャガーXJ220Cの50号車で、スパーク製。今ならさしずめマセラティMC12ってところでしょうか?ホントにデカイ車ですね(笑)。販売面では時代の流れに翻弄され、レースではクラス優勝が幻に終わり・・・と、どうもケチがついてしまった感じ。ある意味不運な車です。
 モデルの方は、スパークらしい作りです。XJ13をモチーフにしたフロントマスクも良い感じですし、長く、広く、低いマシンのプロポーションも良く再現されています。