AM-ML 関東秋期 Off-Line Meeting
〜 日産座間記念車車庫見学会 〜

 それでは、記念庫内の保管車輛を見て行きましょう。
 まずは入り口入って正面の通路右側のレーシングカーからです。
 こちらはR92CPのYHP24号車。R92CPは、'90年~'92年のJSPCにおいてメイクス、ドライバー両部門で3連覇を達成したマシンです。24号車は長谷見昌弘氏がドライブし、'92年のRd.1で優勝しています。
 GT-Rに隠れちゃってますが、その隣にあるのはR91CPです。各部で微妙に違いがあるものの、基本的にR92もR91も同じ仕様です。見分け方はヘッドライト上にあるダウンフォース獲得用のカナード翼(?)がある(R92)かない(R91)かってところでしょうか?
 で、そのR91、R92の前に止まってるのが、'03年のJGTC(現SUPER GT)に出場していたMOTUL PITWORK GT-R。GT選手権に参戦するニスモがR34GT-Rをベース車に変更したのが'99年の事。年々進化してこの年はフェンダーアーチを大胆にデザインしてきました。ちなみに搭載されるエンジンは、前シーズン途中からR826に替わりVQ35にスイッチしています。
 こちらは'97年のル・マンに参戦したR390GT1。日産がTWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)と共同開発したマシンですが、ネーミングはもちろん往年の名車、R380からの流れを意識したものです。この23号車には星野一義、エリック・コマス、影山正彦が乗って、総合12位、クラス5位になったマシンです。
 再びGr.Cカーに戻って、こちらは'92年のJSPCに参戦していたチーム・テイクワンのコクヨ・テイクワン・ニッサンR91CP。ドライバーは岡田秀樹とT. ダニエルソン。日産車のレース車輛ってのは昔からブリヂストンタイヤを使う事が多いのですが、このマシンはダンロップがスポンサーになっていた事もあり、ダンロップタイヤを履いています。
 こちらはR91CP。それまでローラやマーチのシャシーを使っていた日産のGr.Cカーでしたが、このR91からは完全内製となり、このマシンは'92年のデイトナ24時間耐久レースに参戦し、長谷見昌弘、星野一義、鈴木利男の日本人トリオが日本車初の総合優勝を果たした時のマシンです。
 コレはJSPC初年度の'90年にチャンピオンに輝いたマシン。R90CP、YHPの24号車です。ドライバーは長谷見昌弘とA. オロフソン。前述の通り、翌年からは完全内製になるので、最後のローラ製シャシーを用いた日産Cカーということになります。
 次はこの3台。'97年のR390GT1での反省を受けて、ロングテール化されたR390GT1の30号車と、GT選手権のGT-RとZ。R390GT1の方は、ル・マンで3位に入賞した32号車ではなく、30号車。おそらく32号車はどこかに貸し出されているのでしょう。
こちらは'02年のJGTCに参戦したGT-Rのシリーズ開幕前のプレス発表用レプリカ。この年はシーズン途中でエンジンをRBからVQに切り替えましたが、こちらはフロントバンパーの開口部が大きいRB搭載車です。
 その後ろには'04年仕様のXanavi nismo Z
そういえばこの日、S-GT参戦車輛のMOTUL AUTECH Z、22号車が最終戦において4.5リッターNA、V8のVK45DEエンジンを搭載する事が正式に発表されましたね。
 '68年の日本GPに登場したR381。ホントは内製のエンジンを使うはずだったんですが、開発が間に合わなかった為、急遽シボレー製5.5リッターV8エンジンが搭載されました。が、そのエンジンの出来があまりにも酷かった為、結局日産でかなり手を加えたというのは有名な話。でも、この車の場合、話題になるのはそんな事よりもこの特徴的なウィングでしょう。
 「エアロスタビライザー」と名付けられたこのウィングは、コーナリング中にイン側のグリップを高める為に、ブレーキ、リアサスペンションと連動して、リアウィングが左右別体として角度を変えるというユニークなものでした。そのため、このマシンは「怪鳥」という異名を取りました。
 写真4枚目を見ると、油圧でショックアブソーバーと連動してリアウィングが動く仕組みがわかります。
 こちらは日産R380。ただし、'67年に谷田部で7つの高速国際記録(50km、50マイル、100km、100マイル、200km、200マイル、1時間)を樹立したR380 A-II。プリンスR380と比べると、実はボディの形状が大きく異なっていて、全体的に曲面が改められています。
 見学中、整備士の方がやってきて、カウルを開けておもむろにエンジンルームの整備を始めました。となりには貴重な車が保管されているのに、こんなところでチャッチャと整備しちゃうんですね。
 整備しているR380 A-IIの横には、R382がありました。黄色の21号車、つまり'69年の日本GPのウィナーなハズなんですが、何故2台も!?
 実は写真左側(手前)の車輛はレプリカなんです。R382は全部で3台あり、GPで優勝した黄色い21号車のR382-14と、高橋国光氏がドライブした青いR382-15、さらに北野元氏がドライブした茶色いR382-16。その内、優勝したR382-14は行方不明になっており、残っていたR382-15と16を使って社内のクラブが'90年代頭に優勝車輛である14を再現したのが、左のマシンです。
 その後、ホンモノのR380-14が発見、レストアされて'04年のニスモフェスでお披露目されましたが、それが右側の車輛。それぞれの違いは、ゼッケンの字体、整流版の有無、ミラーの色です。
 R382に搭載されているGRX-3エンジンは、R380に搭載されていたGR-8を2つ組み合わせて、排気量をアップさせたもの。近年レストアされたGRX-3は、ニスモで保管されていたものと、アメリカで保管されていたものを組み合わせてレストアされました。
 で、そのR382の前に置かれていたのが、'02年のJGTC参戦車輛、カルソニック・インパル・GT-Rです。前に紹介したニスモのテスト車輛はRBエンジン搭載車でしたが、こちらはVQエンジン搭載車輛。重量配分最適化の為に、ラジエターをトランクルームに移設した為、トランクリッドとリアウィンドウの間に冷却用の吸気口が開いています。また、フロントバンパーの開口部が小さくなって、V型エンジンに替わった事により、排気が両サイド出しとなりました。
 R382の後ろには、'98年のJGTCに参戦していたARTA SKYLINEの50号車や、スーパー耐久のエンドレスGT-R、さらにFISCOにあったZ32のペースカー等が展示。
 土屋武士センシュと本山哲センシュのタッグで闘ったARTAですが、成績はRd.4の6位が最高位。ドライバーズランキングも12位と低迷。しかし翌年本山はニスモのエースドライバーとしてペンズオイルGT-Rをドライブ。一方土屋はGT300クラスのシルビアを運転することになり、同じチームの2名のドライバーがハッキリと明暗を分ける形となりました。
 さらに奥を覗いてみると、手前の青いのがJTCCのプリメーラで、ビニール被ってるのが'86年のル・マンに出場し、長谷見昌弘、和田孝夫、J. ウェーバーがドライブして16位完走したR85Vアマダ。その奥が'86年のJSPCに出場したR86Vの23号車。VG30ツインターボエンジンを搭載して、サイドラジエター方式に切り替えたマシン。その隣は柳田春人がドライブしたコカ・コーラカラーのブルーバードのGr.5カーが見えます。長谷見のスカイライン、星野のシルビアと併せて、「火を噴く日産トリオ」と呼ばれていた日産のシルエットフォーミュラ。ブルーバードのGr.5カーは、'80年、'82年の2回、選手権タイトルを獲得しています。確かこの個体は自走不可のドンガラだったと記憶してるんですが・・・。
 と、ここで一緒に見学に来ていたてつやさんが、「よっきゅんさん、見た事ない赤いZがアッチにあるんですが・・・」
 そこは進入禁止エリアだったので入る事は出来なかったのですが、2人で近くまで行ってみると・・・
 これ、Z32のパーツを流用して作られたシルビアの先行開発車輛だったと思います。昔雑誌で見た記憶が・・・。確か本社のGOがかかる前に開発メンバー仲間が文字通り切った貼ったで作ったヤツじゃなかったかなぁ・・・。


そうそう、最も奥の方には、'98年のJGTC、GT300クラスに出場していたXanavi SILVIAがありました。
 個人的に、ザナヴィカラーって昔から大好きで、コレは自分の乗ってたS14ってこともあって大好きなマシンでした。レースでは近藤真彦と青木孝行のドライブで、シリーズ6位。最高位はRd.3の2位でした。
 で、そのシルビアの隣にあったのが、'99年のル・マン参戦用に開発されたR391のカウル。すっごい埃被ってますが・・・(苦笑)。23号車はル・マンの予選でクラッシュした為、決勝では走っていません。この23号車のカウルは'99年の秋に富士スピードウェイで開催された「ル・マン富士1000km」に出場した車輛のカウルです。このレースに勝利した事で、翌年のル・マンの切符を手に入れる事になった日産でしたが、日産はこの年でル・マン参戦活動を中止してしまった為、この切符を使う事はありませんでした。
 このページ最後に紹介するのは、ニッサン・バン80型。3,670cc、85psの直6エンジンを搭載したマシンで、三越が昭和14年から40年まで商品搬送用に使用していた車。中を覗いてみると、ベンチシートの取り付けフレーム(?)が木製でとっても味のある内装でした。